2019/06/27

看護師からデザインの道を見つけるまで

 

私は元看護師。デザインの世界とは程遠くデザイナーとして働くなどとは夢にも思っていませんでした。

看護師としての充実したキャリア

大学を卒業し、東京の総合病院で勤務していた私。終末期医療の分野の看護師になりたくて単身で渡米し大学院に通い卒業。その後、現地で採用されたホスピスで患者さんの最期の苦痛症状を緩和する看護師として勤めていました。(❇︎ホスピス:死期の近い患者さんの心身の苦痛を和らげより良い心身の状態で過ごせるようにサポートする施設)

アメリカでの6年間は、死にそうだと思うほど勉強をして、一生分と思えるほど働き、おまけにしないと思っていた結婚までして(相手は渡米間近に日本で出会い、同時期に別の場所で留学をした日本人ですよ)……長男の妊娠を機に治安が良く医療費の安い先進国で子供を育てたいと思い帰国。

帰国後も終末期医療の分野の専門の看護師としての復職を是非果たしたいと願い、他の選択肢は全く考えていませんでした。

看護師から在宅ワーカーへの転職を迫られる

帰国後3人の子供に恵まれ、最初の6年間は子育てに専念。主婦として子供たちとみっちり過ごしていました。

長男が小学校に入学し、次男が幼稚園に入園。少しだけ余裕が出てきたので病院の復職研修に通い「さあ、これから!」と再就職に向けてエンジンをかけた頃、発達障害の長男が小学校生活に馴染めず過度のストレスを抱え、とうとう学校に行けなくなりました。長男1年生の3学期のことでした。長男は、それ以来フリースクーラー(我が家の造語です)として在宅生活を中心に学校に行きづらさを感じる小・中学生に居場所を提供してくれる場所に時々出向く生活を続けています。

その後、下の子二人にも同じような特性があることがわかり、医療機関、教育機関、福祉機関との橋渡しをする役割や子供達の生活環境を整えることに奔走する日々を送り始めました。

子供達に合ったカスタム仕様の教育体制を整えた結果、現在小学生の長男は週一回のみのフレックス登校。次男は、給食が終わったら、他の生徒たちよりも早く帰ってくる時短登校、保育園に通う長女は週一回の療育施設に通うことになった出張登園。まるでどこかの会社の社員をマネージメントしているような生活。送り迎えだけでも半日近く費やす生活は、外で勤務できるような時間の確保は心身ともに難しいと判断(因みに私は子供全員高齢出産のアラフォーなので、若いお母さんほどのエネルギーはありません^^;気力だけで子育て中)。

看護師として復職どころではなくなり、在宅で子供のそばにいることに決めました。

 

看護師として復職できなかった時の気持ち

“看護師として復職できなかったことに後ろ髪を引かれないの?命を張ってアメリカで習得してきたことを生かさないのか?”

度々、周囲から投げかけられる疑問です。

「全く後ろ髪が引かれなかった。」とは言えませんが、「悩むより行動!」という楽観的な性格なので、「今叶わないことを後ろ向きに悩むくらいなら次できることを前向きに考えた方が人生を楽しめる時間増やせるよね。」と思えました。

アメリカ生活で習得できたのは知識だけじゃなくてちょっとした図太さ思考のフレキシビリティ切り拓いていく楽しみ。これは特性を持った子供たちを育てていく時にも、今のデザインという仕事をしていくためにも十二分に役に立っています(^ ^)

 

アラフォーからの転職活動の幕開け

外に出て復職しないと決めたものの…じゃあ次どうする?何かしたいけど…外とのつながりも持ちたいし…どうせやるなら楽しくやりがいのある仕事がしたい!そして長続きできたら文句なし!

色々在宅でできる仕事を調べ始めました。「在宅ワーク」という言葉を知ったのもこの頃。

真っ先に浮かんだのは「内職」という言葉。お箸詰めたり、部品を組み立てたり、シール貼ったり…というイメージ。幼い子供達がいると材料を家で広げるわけにはいかないなぁ。私にはその細かい作業が性に合っていないかも…きっと管理しきれないんじゃないか…「内職」案はボツ。

次に思い浮かんだのは「学研」や「くもん」や「英会話」のような子供を対象に家でできる教室….う〜ん。他のお家のお子さんを見る心の余裕がない。。。。「教室」案もボツ。

では、「データ入力」….ひたすらデータ入力?刺激が乏しいかな…モチベーションを維持する自信がない….

なかなかこれといったものに遭遇せず、壁にぶち当たってました。

もうアラフォー。これが最後の転職かも(最後にしたい)どうせ続けるなら楽しくないと!

 

デザイナーへの道との出会い

そんなある日、いつものようにお仕事探し。「松本市 在宅ワーク」というキーワードで検索。すると…

在宅ワークをしたい女性のための「在宅ワーカー養成プログラム」

  • ホームページ制作コース
  • デザインコース
  • 記事作成コース

市の事業の一環としてのバックアップあり、全13回無料講座。

という情報にヒット。

市の事業の一環だから信用もできそう。しかも終了後にはお仕事紹介もあるとかなんとか….とのこと。

そして「デザイン」という言葉が真っ先に目に飛び込んできた。

「講座内容:デザインの仕事とは? 〜DTPとWEBの違い〜基本用語の説明〜実習:地図や名刺をパワポで作る〜デザインの基本〜画像加工〜バナー制作〜フライヤー制作〜Webサイト制作〜」

「面白そう!これだ!」今までの選択肢にはなかった新たな分野。ちょっと開拓してみようかな。幼い頃から妄想とクリエイティブな作業が好きな私。それだけでは通用しないとわかっていたけど、仕事に繋がることができてもそうでなくてもいろんな場面で役立つし面白そうだから長続きさせられると確信…そして、他の選択肢に比べて断然魅力的に見えた。

この頃の私は、イラストレータやフォトショップはおろか、IT機器操作は、「メール、ネットショッピング、論文のためのWordのみ。パワーポイントはプレゼンの道具」というかなりスカスカな認識と理解力。頭の中は「超」がつくほどアナログ(IT用語が人間用語に聞こえなかった。今ようやく日本語に近づきました。今でも師匠を苦笑いさせるような質問いっぱいしている自覚あり。お許しくださいm(_ _)m)

そんな私がついていけるのかどうか不安はありました。他にも色々選択肢はあったのかもしれないだろうけど、これしかないと思い込めたんです。やると決めたら腹をくくろう!これでお給料がいただけるくらい目指そう!と…。

というわけで、いつものダメ元精神で応募。ありったけのやる気を志望動機に入魂(いや…..「入力」ですね)し申し込んだら、なんとなんとかなりの倍率くぐって受講できることに!デザインの神様が初めて振り返ってくれた瞬間です!

やっぱり思い立ったら即行動!ですね(^^)物理と一緒で、どんなことも何か行動を起こしてみると必ず何かしら反応が起こるものです。何もしなければ起こらない。どっちがいいか?やはり私は断然前者です!

 

そんなこんなで私のデザイナーへの第一歩が始まったのでした。

次の在宅ワーカーとしての記事は、「❓だらけだった毎日のデザイン修行」の様子お届けします。

 

 

  関連記事 - Related Posts -

関連記事はありませんでした

 

  最新記事 - New Posts -

 

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です